Honning
はちみつ
9月はプラムや早稲のりんごや梨が実り、秋野菜が店頭に並び始める季節です。晩夏の趣を残していた景色も、9月末にはすっかり秋の佇まいになり、外に出るときには少し厚手のコートやストールが必要になります。小雨が降る度に葉の色が少しずつ変わっていき、しっとりと秋が深まります。
9月の楽しみは、はちみつの採取です。我が家では夫が家から自転車で15分くらいのところにある家庭菜園で有機野菜を育てているのですが、その傍らで家庭菜園仲間と一緒に養蜂も行っています。
デンマークでは、春と夏、そして、晩夏に採蜜するのが一般的です。6月の「春はちみつ」は、りんごなどの果樹の花、さんざしや柳などの木に咲く花、菜の花などの蜜、7月の「夏はちみつ」は、夏の花や牧草地に咲くクローバー、8月の「晩夏のはちみつ」は、楡の花、クローバー、そして、ヘザーなど晩夏に咲く野草から集めた蜜が、濾過、圧搾、遠心分離などの方法で採取されます。採蜜の時期によって、はちみつの味や色、風味が変わります。また、採蜜の後に行う攪拌の有無、頻度、方法などでテクスチャーが変わるのだそうです。とても奥の深い世界です。
我が家のはちみつは、毎年一回、みつばちの活動が鈍くなる9月にまとめて採蜜しています。今年の収穫は50キロほど。濾過、圧搾、遠心分離などの方法をいろいろ試みましたが、効率的な遠心分離法に落ち着きました。それでも一日作業です。一年に一度の採蜜なので、春と夏の花の蜜が混じっているからでしょうか。深い味わいのはちみつが採れます。
9月の採蜜の後、新鮮なはちみつを使った台所仕事は、はちみつケーキと呼ばれる焼き菓子の生地仕込み。加熱処理していないはちみつと挽きたての小麦を合わせた生地を11月下旬から12月中旬の数週間に寝かせた後、最終生地で焼き菓子に仕上げます。ドイツのレープクーヘンやフランスのパンドエピスに類似する伝統的な焼き菓子です。「クリスマス・スパイス」と総称されるオールスパイス、カルダモン、ナツメグ、クローブ、シナモンを生地に加えるため香り高く、糖類もしっかり入っているので一ヶ月以上常温で保存できます。待降節と呼ばれるクリスマスを待つ期間に楽しむお菓子なので、11月下旬からクリスマスまでの5〜6週間、ベーカリーやパティスリーでもお目見えします。
家庭で焼く場合は、食べて楽しむだけではなく、お菓子の家やクリスマス・オーナメントとして用意し、クリスマスを待つ期間に飾って楽しみます。夫の娘の婚家では、代々に渡って、一子相伝の生地で、12月初旬に親族一同が集まり、各自の家庭で楽しめる量のはちみつケーキをまとめて大量に焼くという慣わしがあります。仲のよいお友だち数名で賑やかに楽しく作ることを毎年の恒例行事にしている人もいます。大量に用意することが多いので、一人では大変な作業なのですが、その作業を皆で集まって楽しむ催しにしてしまうのは、ヒュッゲ発祥のお国らしい発想ですね。
生はちみつには強い抗菌作用があるため、古来、万能薬としても大切にされてきました。スイーツにも料理にも調味料として使える便利な食材ですが、加熱すると抗菌作用を持つ酵素が死んでしまうため、抗菌作用を利用したい場合は、人肌以上の加熱は避けるように勧められています。
はちみつを加熱しないで楽しむ方法として一般的なのは、発酵乳にかけて楽しむこと、そして、パンに塗って食べる「はちみつごはん」です。シンプルな方法なので、はちみつの味やクオリティが存分に楽しめます。はちみつの発酵酒も古代から受け継がれてきました。伝統的な手法を活かしながら、現代的なライフスタイルに合わせた「はちみつ酒」を丁寧に醸造するメーカーも現れています。採蜜の副産物である蜜蝋からろうそくやクレヨンが作られていることは、息子がシュタイナー幼稚園に通い始めた頃に知りました。また、環境意識が高いデンマークでは、オーガニックコットンと蜜蝋で作られた「蜜蝋ラップ」も定番になりつつあります。
みつばちは、花から蜜を集める際に花の受粉を手伝います。このポリネーションと呼ばれる作業は、野菜やくだものの生産過程でも利用されています。人間が生きていくために必要な食物の生産に小さなみつばちが大きく貢献しているのです。みつばちと花と人間の共存ができる環境づくりは、近年、とても注目されており、バイオダイバシティーの考え方にも反映されています。
さまざまな花や木が植えてある緑あふれる都市は、みつばちにとって暮らしやすい環境だと言われています。コペンハーゲンには「By bi(まちのはち)」という組織があり、コペンハーゲン市街での採蜜に焦点を当てた活動を行っています。子ども向けの養蜂に関する情報案内はもちろん、企業の屋上を利用した養蜂プロジェクトなどの養蜂に関する啓蒙活動を始め、地域別に採蜜したはちみつを販売するなど、さまざまな形ではちと植物と人間の共存を提唱しています。また、国内には、みつばちの生態に優しい住居区域や職場や学校など、みつばちとの共存を目指した環境プログラムも多く存在します。
コロナ感染が蔓延していた2020年11月、食の啓蒙活動に熱心な料理家の大御所カトリーネ・クリンケンさんの経営で、デンマーク初のはちみつ専門店『Honning ved Katrine Klinken』がオープンしました。カトリーネさんの膨大な人材ネットワークを駆使して集められたこだわりのはちみつとユニークなはちみつ加工品が、カトリーネさんの経験豊かな品評力によって吟味厳選され、逸品が並ぶ商品展開となっています。デンマークにお出かけになれる時期が戻ってきたら、ぜひお立ち寄りくださいね。こだわりの逸品はお土産にもお勧めです。