Forår i knap en måned
一ヶ月足らずの春
北欧デンマークは、樺太付近の緯度に位置します。メキシコ湾流の影響で緯度の割には温暖ですが、本格的な春の訪れは5月に入ってから。日本のように四季が三ヶ月ごとに訪れるわけではなく、半年近く続いた長い冬が美しく爽やかな夏に衣替えをするまでの数週間がデンマークの春だと感じます。春の訪れが遅ければ遅いほど、春は駆け足になるようで、今年の春は、いつも以上にあっという間に過ぎていきました。
春から初夏への衣替えは艶やかです。りんごの花が咲くとデンマークの春もたけなわ。八分咲きくらいになると、その芳香が辺りに漂います。りんごの花は、濃い紅色の蕾と淡い桃色の花がほどよく混じる頃、五分咲きくらいの色合いが最も美しいように感じます。
りんごの花が咲く頃には、さんざしやリラ(ライラック)も花盛りを迎えます。どちらも香り高い花なので、大きな茂みがあるところでは芳醇な香りが満喫できます。この季節は、朝は5時前後から、夜も9時近くまで明るいのですが、花が香り高くより鮮やかに映る朝夕は、うたどりの囀りも合わせて楽しめ、散歩にぴったりの時間です。
さんざしは小さく可憐な花がたくさん咲きますが、その濃厚な甘い香りにはパンチがあります。香水を思わせる気品高い香りのリラの花は、円錐形に房咲きになっている小花の根元を吸うと甘い汁が楽しめるので、この時期、子どもたちがこの花房を口に含んでいる姿をよく見かけます。
郊外では、菜の花畑が、金色の大海原のように輝く季節です。なだらかな丘陵地帯に菜の花畑が続く風景は、ただただ美しい。デンマークに初めて訪れた1987年は冷夏だったので、7月になっても、まだ菜の花畑が輝いていて、ドライブに連れて行ってもらう先々に素晴らしい光景が繰り広げられ感銘を受けました。黄金色に輝く菜の花畑は、私にとってデンマークを象徴する原風景です。
花盛りの時期は、みつばちも大忙し。春の花蜜が集まっている6月収穫分は「春の蜂蜜」、夏の花蜜が集まっている9月収穫分は「夏の蜂蜜」と呼ばれています。加熱されていない蜂蜜には殺菌効力があるとも言われ、蜂蜜は古代から薬用に食用に大切に扱われてきました。また、デンマークは1000年以上前のバイキング時代から「はちみつ酒」を醸造する伝統を持ち、今でも古式製造のものが入手できます。
誠文堂新光社刊「北欧料理大全」の著者カトリーネ・クリンケンさんは、シェフであるとともに30冊以上の料理関係の本を出版している高名な料理執筆家ですが、幅広いネットワークと経験豊かな品評力を活かしたはちみつ専門店「Honning Klinken」も経営しています。お店で扱っている「はちみつ酒」は、カトリーネさんのこだわりを顕著に感じる一品で、従来の蜂蜜酒の特徴である独特の甘さを抑え、上品なデザートワインのように複雑で洗練された味が特徴です。テラスでの夕べを楽しんだり、食事と一緒に楽しめる「はちみつ酒」は、古式醸造法を守りながら現代のニーズを反映させた魅力的な一品です。
蜂蜜はミツバチと花がもたらしてくれる産物なので、古くから貴重な甘味料として珍重されてきました。蜂蜜は馴染みの深い食品でありながら、どこか神々しい印象を持つ人が多いように感じます。さまざまな使い方がありますが、デンマークの家庭に必ず常備されているライ麦パンに蜂蜜を塗った「はちみつごはん」は、小腹が空いたときの虫養いとして、子どもだけでなく広い世代に愛されています。ライ麦パン独特の酸味やどっしりした食感にフルーティーな蜂蜜が絶妙なハーモニーを醸し出す手軽でおいしい素朴なおやつです。
あっという間に春が過ぎ、エルダーベリー(西洋にわとこ)の花「エルダーフラワー」が咲き始めました。初夏を象徴するこの花については、次回の投稿でふれたいと思います。お楽しみに。