Nisse
ニッセ
『ニッセ』は、北欧で古くから民間に伝承されてきた小人です。デンマークやノルウェーでは『ニッセ』と呼ばれていますが、スウェーデンでは同じ小人を『トムテ』と呼びます。大きさはまちまちですが、小人であることは変わらず、ねずみのように小さなニッセもいれば、赤ちゃんくらいの大きさのニッセもいるようです。赤い帽子を被り灰色の服を着たニッセは、古来、農家の守り神として扱われてきました。
古来のニッセはおじいさんのことが多く、顔が隠れるようなたっぷりした髭を生やしているとされていますが、働き者で力持ち。稲妻のように速く走ることができます。動物が大好きなので、農家の納屋に住んでいて、皆が寝静まった頃に納屋の掃除をしたり、家畜の世話をしたり、母屋や納屋を守ります。彼の笑い声は、馬のいななきに似ているとも。大切に扱うとせっせと農家のために働いてくれ、農家に繁栄をもたらします。北欧版の福の神ですね。ただ、癇癪持ちで気難しい一面もあり、大切にされないと悪さをしたり、挙げ句の果てにはその家を捨て去ってしまうと言われています。
しかし、ニッセを大切にすることは難しいことではありません。冷たいバターを熱々のお粥にちょこんとのせてお供えすれば、ニッセは大喜び。せっせとその家のために献身してくれるのです。
北欧のお粥は、元来、緯度の高い土地でも育つ大麦や燕麦で作るのですが、ニッセは甘いお粥が大好き。昔は、自家養蜂したはちみつを水で煮た麦粥にかけて供していたのかな、と思いを馳せます。甘いお粥の中でも目がないのが「ミルク粥」。「クリスマス粥」とも呼ばれています。南欧から輸入しなければ入手できないお米をたっぷりの牛乳でふつふつと煮込んだ贅沢なお粥です。できたてのお粥には「ひとかけらのバター」。バターがお粥に香りとコクを添えます。日本で、淹れたてのお茶や炊き立てのご飯を仏壇にお供えする慣習と少し似ているでしょうか。
元々、農家の守り神だったニッセも、時とともに、いくつかのバリエーションが生まれました。
童話作家アンデルセンがいくつかの作品で描いているのは「教会ニッセ」。教会や牧師館に棲んでいるのですが、キリスト教信者ではなく、神の名前を耳にすることは大嫌い。日曜日、ミサの合図で教会の鐘がなると散歩に出てしまいますが、教会を清潔で居心地のよい場所に保つのが上手です。
「森のニッセ」は森や自然の豊かなところに棲んでいます。同じく森に棲む妖精や木霊(コダマ)の仲間です。茶や緑がかった服を着ており、ベリーやきのこが大好き。ベリーやきのこのことなら何でも知っていると言われています。
現在、デンマークで最も馴染み深いのは「クリスマスのニッセ」です。12月になると各家庭にやってきて、クリスマスの準備を手伝ってくれる、とても身近な存在のニッセです。アドベントに入るとニッセを主題にした本を居間に置いて楽しむ家庭も多く、本屋でもニッセの本が並びます。古来、農家の守り神だったニッセは独り者のおじいちゃんですが、「クリスマスのニッセ」には奥さんと子どもがいるのが特徴です。屋根裏に住み、みんな揃って赤い帽子と灰色の服、縞々の靴下を履いています。サンタクロースが子どもたちに配る贈り物を用意したり、贈り物をソリにのせたりするのも「クリスマスのニッセ」のお仕事だとも言われています。
デンマークでは、アドベントに入ると、サンタクロースが被っているような赤い帽子を被る子どもや大人を見かけますが、これは、「サンタさんの帽子」ではなく、「ニッセの帽子」と呼ばれています。サンタクロースを見かけるのは商業的な場面が多く、ごく普通の暮らしの中ではニッセがクリスマスと深く繋がっているように思います。
家庭に幸福をもたらす反面、癇癪持ちでお供えが大好きというニッセのキャラクターは今も変わることなく、働き者だけれども、時にはいたずらをしたり、悪さをしたり。日本人が想像する「守り神」とは少し違いますね。恥ずかしがり屋で人間の前には姿を見せないとされています。ニッセにお粥をお供えする習慣は、今も根強く残っており、アドベントを象徴する料理でもある『ミルク粥』を作ると、ニッセへのお供えも欠かしません。みんなが寝静まった夜遅く、そっとお供えのお粥に近づいてきて、大きなお匙でお粥をほくほくと大喜びで食べると言われています。
明日はクリスマス・イブ。前日の12月23日は「小さなクリスマス・イブ」と呼ばれており、この日の夕食は「ミルク粥」と決めている家庭が多いのが特徴です。ニッセも今晩の料理を楽しみにしていることでしょう。