Konfirmation
堅信礼
デンマークの5月は、春爛漫。太陽の力が日々増していき、レースのように木々を彩る若葉の色がぐんぐん濃くなり、気温も15度前後の日が続きます。明るい光が溢れる美しい季節です。
春を迎えた喜びと、待ち侘びた太陽のめぐみが豊かな夏を間近に感じる高揚が重なるためでしょうか。5月は独特の喜びに溢れ、ヨーロッパの詩人が一年で最も美しい季節と謳ってきたのも頷けます。
デンマークの5月は「堅信礼」が行われる月です。
デンマークの国教は「福音ルーテル派」と呼ばれるプロテスタント系のキリスト教で、8割以上の国民がデンマーク国教会に所属しています。
毎週、教会に通う人は極めて少なく、日々の暮らしの中での宗教色はかなり薄いのですが、それだからと言って宗教心が薄いわけではないのが、デンマークらしいパラドックス。神の存在を信じ、倫理や道徳をわきまえて当然と思っている国民が圧倒的に多いように感じます。
最新の讃美歌集には791曲が収録されていますが、その多くが国民に広く浸透していて、歌詞さえあれば、たいていの人が合唱できるということには、この国に暮らし始めた頃、とても驚きました。また、高税による高福祉国家を確立しているデンマークは、世界で最も透明で汚職のない国と評価されています。政府や社会保障制度に対する高い信頼がが「高福祉・高負担」の制度を支えているのですね。
デンマークでは、結婚式、葬儀、洗礼式、堅信礼が人生の節目に行われる四大儀式と呼ばれています。結婚式の半数、葬儀に至っては90%近く、洗礼式は60%弱、堅信礼は70%が教会で行われています。
洗礼式では、子どもの出生を感謝し、神が生涯見守ってくださることを祈ります、神のこどもとして祝福を受け、キリスト教会の信者として登録される儀式です。デンマークでは、出生後3ヶ月を目安に洗礼式を行ってもらう家庭が多いようです。
堅信礼は、14〜15歳で自己の洗礼を承認し、神への忠誠を約束し祝福を受ける儀式です。信仰を自ら認めることから、子ども時代に別れを告げ、青年への道を進む門出の意味合いも含んでいます。戦前までは、堅信礼の後には、親元を巣立ち、職見習いや奉公に出て一人の稼ぎ手として働き始めていたのだそうです。
洗礼は乳児期に行うことが多いので、葬儀と並んで、自分の記憶には残りません。また、結婚式は、人生の伴侶と一緒に祝福を受ける儀式です。堅信礼は、人生の四大儀式のうち、唯一、本人の記憶に残る個人的な儀式になります。
洗礼も結婚も葬儀もたいていの場合、家庭単位で行われますが、堅信礼は、10〜20人くらいの対象者が一緒に迎えます。半年の準備期間を経て堅信礼を迎えることも他の儀式と比べて異なる部分です。秋から5月までの半年、「堅信礼準備」と呼ばれる講座を受けるために定期的に教会に通い、牧師の元で、堅信礼に必要な知識や考え方などを学びます。この準備を経た仲間が一緒に堅信礼を受けるのです。
堅信礼当日は、男の子はダークスーツ、女の子は白いドレスが基本です。今年は、デンマーク王室皇太子殿下ご夫妻の長女イサベラ王女が堅信礼をお受けになりましたが、イサベラ王女は白いパンツスーツをエレガントに着こなしていらっしゃいました。(公式記念写真は、こちらに掲載されています。)
堅信礼は、牧師の引率で堅信礼を受ける若者が入場した後、讃美歌を合唱します。牧師の説教や祭壇での誓いなどの間にもいくつかの讃美歌が織り込まれます。その後、堅信礼を受ける若者が祭壇に上がり、信仰を誓い、牧師に按手(キリスト教で、手を人の頭に置いて、聖霊の力が与えられるように祈る行為)されます。その後、「天にまします我らが父よ」で始まる祈祷文を参列者全員が述べ、讃美歌を歌い、堅信礼を受けた若者が牧師に率いられて退場することで式が終わります。教会の外で、式に参列した人々から祝福の言葉を受けている様子は、心温まる光景です。お友達同士で薔薇の花を渡し合うのも慣習だと聞きました。
堅信礼の後は、親族や友人を招き、堅信礼が滞りなく行われたことを祝う席を設けます。
祝宴は、親族のみを招待する20名前後の小規模な席から、親族の他、遠縁、親の友人、堅信礼を受けた若者の友人まで招待する100名に近い席までさまざまです。会席の場も自宅や集会場、レストランなどいろいろな形があります。日本の祝宴は2時間くらいが標準だと思いますが、デンマークでの祝宴は5時間前後が最短です。堅信礼は午前中に行われることが多いので、祝宴は正午過ぎからの昼食会というケースが多いのですが、お開きは早くて18時辺り、ゆっくりの場合は夜中まで続きます。
祝宴では、ウェルカムドリンクに続いて、食事が供されます。着席でのコース料理が一般的です。食事の合間には、堅信礼を受けた若者へのスピーチなどが行われます。デンマークらしいのは、国民的な愛唱歌に当日用の歌詞を用意して出席者全員で合唱する催し。お祝いの替え歌は、結婚式や銀婚式、金婚式などでも行う楽しい慣習です。定年退官なさる教授の慰労会でも、教授の人柄やエピソードを織り込んだ8番まである替え歌を皆で楽しく歌った思い出があります。
祝宴には、招かれた人がお祝いのカードと一緒に贈り物を持ち込むのですが、会場の一角に用意されるテーブルに集まった贈り物は、祝宴の最中に本人が一つずつ開け、贈り主一人一人にお礼を述べる習慣もあります。堅信礼の祝宴は結婚式と並ぶ大きな式なので、贈り物も一生ものや少し値が張るものを選ぶことが多いようです。最近、よく聞く贈り物は「日本旅行」。デンマークの人々にとって、日本は遠く離れた東洋の国という憧れだけではなく、独自の伝統文化を大切にする国でありながら、最新トレンドや科学技術などを生み出す革新的な国として捉えられています。
祝宴の最後には、堅信礼を受けた若者が、出席者に向けて参席のお礼やこれまで温かく見守ってもらったことへの感謝を込めた言葉を述べる習慣もあります。これまでの子どもとしての立場から祝宴の挨拶という形で大人への一歩を踏み出す象徴的な意味があるとか。14、15歳で自らの社会的役割を考えるきっかけを持ち、それを祝宴の挨拶という形で具現化させるという行為は見上げたものだと思います。実際には、堅信礼を受けた若者のために用意された祝宴を本人が心から楽しむということが最重要視されますので、挨拶は本人が希望する場合に限られます。
今年は、我が家の息子が堅信礼を受ける年でした。息子は洗礼を受けた牧師さんから堅信礼の按手を受けたいと希望したので、その牧師さんにお願いに上がりました。
息子のもう一つの希望は、デンマークの親族だけではなく、洗礼式にも来てもらった日本の祖父母と叔父家族にも参列してもらいたいということでした。特に、コロナ感染規制措置で三年近く会えていなかった祖母には、五年前に亡くなった祖父の分も含めて、ぜひ参列してもらいたいと強く希望していました。
コロナ感染規制措置が緩和されて安堵したのも束の間、ロシアのウクライナ侵攻でEUとロシア双方が領空への旅客機の侵入を禁止するという状況となり、日本・デンマーク間の直行便も当面の間全フライトが欠航になりました。今年80歳の母には、息子にとっては叔父にあたる弟が同行してくれましたが、乗り換えが二度必要なルートを取らざるを得ず、各空港で車椅子での移動をお願いしながらの旅でした。非常時にも関わらず、孫のハレの席にどうしても参加したいという一心で片道20時間のフライトを敢行し、遠方からわざわざ駆けつけてくれたことは、息子にとっても感慨深い思い出になりました。
祝宴は、本人の思い入れの深いレストランで、教会への参列者でもある親族15名の席を設けました。旬のアスパラガスや地海老を使った料理や、春野菜を使った季節感あふれる料理に舌鼓を打ち、姉二人が用意したお祝いの歌を皆で合唱しました。また、9歳の時から師事しているクラリネットの先生も内緒でお訪ねくださり、息子のために素晴らしい曲を演奏してくださったのも驚きと喜びに満ちた催しでした。本人から参席の皆さんへのお礼も申し上げることもでき、至極満足の祝宴だったようです。お祝いにもらった品々など、後日、Instagramでご紹介したいと思います。