Risengrød
ニッセと子どもの大好物「ミルク粥」
日本よりずっと高い緯度に位置するデンマークでは、12月の朝は午前8時から9時の間に白み始めます。そして、やっと暗さから抜け出したと思うと、午後3時過ぎには薄暗くなります。日中も厚い雲に覆われてどんよりとしていることが多いので、太陽への憧憬は強くなるばかり。北欧では、古来、太陽の力は、一年で最も日が短くなる冬至を境に再び甦ると考えられており、冬至に大きな篝火を焚いて命の源である太陽と太陽の恵みである光を感謝する大きなお祭りを行なってきた歴史があります。
千年近く前にキリスト教が伝わり、太陽の力を祝う行事はキリスト生誕を祝う行事に変化しましたが、クリスマスを待ちわびる気持ちには、冬至を境に日が長くなっていくことを待ち望む気持ちが加わっているように思えます。12月の楽しみはたくさんあるのですが、クリスマス・カレンダーはクリスマスの到来を待ち望むことを象徴しているように思います。一日、一日、その日の数字が書かれたところを開くのは、子どもにとっても大人とっても楽しいものです。絵めくりもあれば、お菓子が出てくるもの、日替わりチョコレートなど、さまざまな種類があります。先にもご紹介した料理家カトリーネ・クリンケンさんが経営するはちみつ専門店では、はちみつの詰め合わせが24に仕切られた箱に入ったクリスマス・カレンダーが用意されていました。カトリーネさん厳選のはちみつを、日替わりで少しずつ楽しめる趣向です。素敵ですね。
今年、我が家の14歳になる息子が所望したのは、デンマーク王室御用達でもあるお茶屋さんA. C. Perchのクリスマス・カレンダーでした。日にちが書かれている引き出しを開けると、パーチさん厳選のお茶が可愛らしい缶に入って出てきます。登校前に開けて、本日のお茶を確認し、寒い中、家路に向かう時、今日はこのお茶!と思うと、元気が出るのだとか。学校から帰ってから暖かい居間でおいしいお茶でくつろぐ時間は、大切なヒュッゲなひとときなのだと言っていました。
高緯度に位置するデンマークでの主要穀物は、大麦、燕麦、ライ麦で、小麦は最南の地域で限られた量しか生産できなかったため、小麦は特別な歳時に富裕層のみが使う贅沢品でした。麦と水が入る鍋(土器)と火さえがあれば作れる麦粥は、デンマークで麦の栽培が始まって以来、パンよりもずっと長い歴史があります。北欧では、19世紀後半まで、お粥と言えば、大麦、燕麦、ライ麦で作られたものでした。そして、特別な機会に、地産のりんごや自家養蜂のはちみつで麦粥に甘みを添え、ハレの日を祝っていたのです。
1800年代に商業が栄えてくると、南欧から米が輸入されるようになり、富裕層で米粥が作られるようになりました。元々、粥は水で炊き、「甘味のある麦粥」はハレの日の特別料理だったのです。その「甘味のある麦粥」の豪華版として「ミルク粥」が生まれました。米という外来の貴重な食材を使い、冷蔵庫がない時代に牛乳を大量に使って作ることは、一般的には考えられない贅沢だったのです。1800年半ば、一年で最も大きな祝祭であるクリスマスにお客様をお招きできる経済力を持つことそのものもステータスでしたが、大切なお客様に「ミルク粥」を供することも富裕層でのステータス・シンボルになりました。
米は今でも南欧から輸入する食材ですが、20世紀初頭には、一般市民にも手に届く食材となり、「ミルク粥」も富裕層に限られた贅沢なクリスマス料理から庶民が楽しみにするクリスマス料理へと変遷しました。デンマークのクリスマス・イヴの食事は、ローストポークもしくは鴨ローストをメインにすることが一般的ですが、20世紀半ばまでは、メイン料理の前、いわゆる前菜として 「ミルク粥」を供しました。デンマークでは、オートミール粥は朝に食べる粥ですが、今も「ミルク粥」は、冬、特に12月の夕食に用意する料理という習慣が残っており、「ミルク粥」の特別の位置付けが偲ばれます。
富裕階級では、一般化した「ミルク粥」を一捻りし、外来食材であるアーモンドとバニラを加え、ふんわりと泡立てた生クリームで和え、温かいチェリーソースを添えて供する「リ・サラマン」と呼ばれる料理をクリスマスのデザートとして用意するようになりました。戦後の高度成長で国全体が豊かになり、現在、12月24日のクリスマス・イヴには、デンマークの大半の家庭で晩餐のデザートとして「リ・サラマン」が供されています。(12月の慣習は、こちらでもご紹介しています。よろしければ、合わせてご高覧ください。)
「ミルク粥」は200年近くの歴史があり、冬らしい温かいお粥ですが、夏に楽しむ「赤いベリーのさっと煮」の冬版とも言えます。「ミルク粥」には、シナモンシュガーと冷たいバターをひとかけら添えるのがお約束。北欧に伝承されている小人ニッセの大好物としても知られています。デンマークには、ニッセと「ミルク粥」を愉快に歌ったクリスマス・ソングもあり、子どもたちが大好きな歌となっています。
デンマークの料理史の基とも言える粥ですが、コペンハーゲンには、粥をコンセプトにし、現代風な解釈を加えた「GRØD(粥)」というお粥カフェがあります。ここでは、12月の季節料理として「ミルク粥」が登場します。テイクアウトもできるので、昼食前、夕食前は厨房も大忙しです。
「ミルク粥」のレシピはシンプルですが、鍋底を焦がさず、お米をほどよい硬さに仕上げるのは、少しコツが要るかもしれません。難しくはない料理ですので、ぜひお試しください。ニッセの好物をご自宅で味わっていただければ嬉しいです。おやつとして召し上がる場合、4人分くらいになります。
ミルク粥
材料
<米のミルク煮>
白米 90 g
牛乳 750 mL (乳脂肪3.5%以上のもの)[*1]
塩 少々
<トッピング>
シナモンパウダー 大さじ1
きび砂糖 40 g
発酵バター 20 g
作り方
<米のミルク煮>
1. 底の厚い鍋で木べらで混ぜながら牛乳を沸騰させる。
2. 米を加えてよく混ぜ、もう一度、沸騰させる。
3. 火を弱めて5分ほど煮た後、蓋をし、弱火で40分ほど米がふっくらと柔らかくなるまで炊く。[*2][*3]
3. 塩で味を整える。
4. 銘々の皿に盛り付ける場合、まず、シナモンシュガーをふりかけ、その上に冷たいバターをひとかけら置く。[*4][*5]
NOTE:
*1 乳糖不耐症の方は。豆乳やオートミルクで代用してください。
*2 鍋底への焦げつきを防ぐため、途中で、何度か木べらで鍋を底からしっかり混ぜてくださいね。
*3 日本のお粥のように花を咲かせず、リゾットよりも少し柔らかめ、わずかに歯応えが残るくらいがおいしいとされています。
*4 バターが溶け出す頃には食べ始めてくださいね。
*5 お粥を大鉢に盛り、シナモンシュガーと冷たいバターを添えて、食卓で取り分けてもいいですね。
写真撮影: Jan Oster
<ご案内>
掲載写真はInstagram @sachikokuramoto.dkでもご紹介していきます。フォローで応援してくださると嬉しいです。