Kransekage
デンマークのお祝い菓子『クランセケーエ』
遅ればせながら、新年、おめでとうございます。
今年もご高覧とご支援、よろしくお願いいたします。
2023年は、デンマークのお菓子について連載したいと思っています。
1月のご紹介は、お正月を彩る「クランセケーエ」です。アーモンドをベースにした焼き菓子なのですが、ハレの日に喜びを分かち合う縁起のよいお菓子として位置付けられてきました。
クリスマスの祝日12月25日・26日が過ぎると、デンマークでも新年を迎える支度で忙しくなります。しかし、デンマークでの「新年を迎える」支度は、大掃除やおせち料理などの準備といった清廉に新しい年を迎える準備ではなく、どのように年を越し、来る年に幸せを持ち込むかということがテーマとなっています。
デンマークでは、古来、うまく境を越えると運がつくと言われています。人生の境となる結婚式の後、新郎は花嫁を抱えて新居に入るというしきたりは今でも続いているようですが、この時、敷居を踏んでしまうと、境界線をうまく越したことにならないので、玄関の敷居を踏まずに入ることが重要だそうです。
大晦日の深夜も行く年と来る年の境です。デンマーク語では「新年に飛び込む」という表現があり、大晦日深夜0時、日本だと除夜の鐘を耳にする時刻、椅子の上からポーンと床に着地するという儀式を行う家庭も多く見られます。「新年に飛び込む」という概念を具象化させた行為ですね。新しい領域に上手に「飛び込む」ことが、新しいことにつきものの危険を回避したり和らげたりすると言われています。
大晦日に大きな花火を打ち上げることも、去る年を吹き飛ばして、新年を縁起よく迎えるという意味を持つそうです。大晦日の夕方あたりから、あちこちで賑やかに打ち上げられる花火は、デンマークらしい大晦日の風景です。
新年のお祝いは大晦日に行います。新しい年にうまく「飛ぶこむ」ために、親しい家族ぐるみや、友人が集まって、大晦日の夕方からニューイヤーズパーティーを開くことが一般的です。クリスマスは家族・親族で祝うことが圧倒的で、不文律でもあるのですが、新年は親しい友人同士や家族ぐるみで友人と一緒に迎えることが多いという点も、日本と異なりますね。
大晦日の夕方6時、デンマーク元首であるマルグレーテ二世女王陛下の新年に向けたスピーチが行われますが、この拝聴を大晦日の定例行事にしている人が圧倒的に多いこともデンマークの国民性を物語っているように思います。
ニューイヤーズ・ディナーは、元旦ではなく、大晦日に楽しみます。クリスマス・イブの晩餐はどこか穏やかで清廉で敬虔な雰囲気を持っていますが、ニューイヤーズ・パーティーは、賑やかで明るい印象が伴っているように思います。クリスマス・イブの晩餐では、こざっぱりした服をクラシカルに着ることが一般的で、クリスマスのために服を新調するということはあまり聞かないのですが、ニューイヤーズ・パーティーの衣装にはお金をつぎ込む人が多いようです。12月に店頭に並ぶ豪華な衣装や煌びやかな衣装は、どれもニューイヤーズ・パーティーが対象だとか。新年に縁を担ぐという意味があるそうですが、新しい年にうまく入りこみ、ぜひとも運を掴もうという強い意気込みを感じます。年末宝くじに類する心境なのかもしれません。
さて、クリスマスの祝日が過ぎると、パティスリーだけではなく、ベーカリーやスーパーなどにも並ぶお菓子は、新年のお祝いに使う「クランセケーエ」です。
「クランセケーエ」は、アーモンドと砂糖と卵白というシンプルな原材料の焼き菓子ですが、アーモンドの配合がとても多いので、アーモンドを輸入しなければいけないデンマークでは、とても贅沢なお菓子です。昔は、アーモンドが今よりもずっと高価だったため、アーモンドを入手できる富裕層に限られていたお菓子だったと言われています。日本の茶事で使う上生菓子の文化的な位置付けと似ているようにも思います。
「クランセケーエ」は贅沢な材料を使うお菓子なので、幸福や健康、成功などを象徴するお菓子として扱われてきました。結婚式や洗礼式などの大きなお祝いの席では、角笛やゆりかご、バスケットをモチーフにした「クランセケーエ」を用意し、美しく成形されたモチーフの中には、一口大のクランセケーエがたくさん詰められました。これは、財宝や子宝といった繁栄を表します。日本の「打ち出の小槌」や「宝船」と「金貨」や「米俵」の組み合わせの意匠と似ていますね。
大晦日の深夜に使う「クランセケーエ」は、塔の形や、なまこ型が典型的です。塔の形は、お正月を祝う華やかさがあるように思いますし、なまこ型はお一人様サイズなので、大勢のパーティーで参加者それぞれにさっと渡せるメリットがあります。味にも、基本の生地に細いアイシングをかけたプレーンに加え、ペーゼルナッツのペーストを軸にして基本の生地を成形したものなどのバリエーションがあります。また、皮むきアーモンドを使った生地が基本なのですが、中には、薄皮付きのアーモンドを使った生地も見かけます。先のクリスマスの後には、黒すぐり味のヴィーガン版も見かけました。ヴィーガン旋風は、もはや一部の人に限られた嗜好ではないのだと感じます。
我が家では、新年を迎える飾りとして塔の形を使い、正月三ヶ日に楽しんでいます。大晦日の深夜に新年を祝う「クランセケーエ」には、なまこ型を使っています。誠文堂新光社刊「北欧料理大全」の著者カトリーネ・クリンケンさんが経営しているはちみつ専門店でお取り扱いがあるパティシエ、トーブン・バン氏のはちみつ入り特製クランセケーエは、デンマーク一と評判の高いパティシエならではの素晴らしい仕上がりです。
息子が小学生の頃は「クランセケーエ」の塔を一緒に作ることが年末の大きなイベントでした。お菓子づくりに興味があるというよりは、ものづくりが好きだった息子は、パーツをそれぞれ焼いて組み立てるという作業が面白かったようです。今は、1月、新年会が催される頃に一口菓子版を作っています。一口大だと摘みやすいし、お茶受けにちょうどよいサイズのように思います。お正月のおめでたさを少しだけ長く感じることができるのも、ちょっと嬉しい。
デンマークでは、「クランセケーエ」の生地をアーモンドのペースト「マジパン」から作ることが多いのですが、マジパンの70%近くにアーモンドが使われていて、アーモンドと砂糖だけが原材料として表記されているマジパンでないとおいしく仕上がりません。日本のマジパンは砂糖がメインのようですし、アーモンドと砂糖以外の材料もかなり加えられている様ですので、今回のレシピでは、アーモンドから作る一口菓子タイプの「クランセケーエ」をご紹介します。
自家製のアーモンドペーストを作る手間はかかりますが、シンプルな工程のお菓子です。どうぞお試しになってみてください。底のチョコレート・コーティングは施さなくても、十分おいしいです。デンマーク風に幸運を呼んでみませんんか?
『クランセケーエ』 の一口菓子
材料
<アーモンドペースト>
アーモンド 250 g (色を薄めに仕上げたい場合は、薄皮を湯むきするか、皮なしアーモンドをお使いください。)
粉砂糖 50 g
水25 g
<クランセケーエ生地>
アーモンド(皮をむいたもの)60 g
註)色が濃くなりますが、薄皮つきでも同じように作れます。
砂糖 120 g (きび砂糖を使っています。)
卵白 60〜80 g(60 g を加えて生地を作り、残りの20 gで絞りやすい硬さに調節します。)
自家製アーモンドペースト 300 g(上記全量)
以下は、お好みで
ナッツ(素焼きしていないもの。お好みで)適量
ダークチョコレート 約100 g
作り方
<アーモンドペースト>
アーモンドをフードプロセッサーでペースト状にする。
粉砂糖を加え、さらにフードプロセッサーをかける。
水を加え、もう一度、フードプロセッサーをかける。
粉砂糖(分量外)」をたっぷりまぶした調理台に生地を置き、棒状にまとめる。調理台にラップを敷き、その上でラップを使いながらまとめてもOK。
ぴっちりとラップで包み冷蔵庫で保存する。(お日持ちは二週間が目安。)
<クランセケーエ生地>
アーモンドと砂糖をフードプロセッサーにかけ、粉状にする。
卵白を加え、白っぽく柔らかな生地になるまで、フードプロセッサーにかける。
ここまでの過程は、生地が熱を持たないように、できるだけ素早く行う。熱を持つと、卵白がダマになりやすい。
自家製アーモンドペーストをおろし器もしくはグレーターで粗くおろし、3.の生地に加える。
生地を一つにまとめて、お好みの形の絞り型(ここでは、星形を使用)をつけた絞り袋に入れ、生地をなじませるため、冷蔵庫で数時間もしくは翌日まで保存する。
オーブンを190°に余熱する。
オーブンペーパーを敷いた天板の上に、生地をお好みの形に絞り出す。
お好みで、ナッツを飾る。
オーブンで15分くらい、薄く焼き色がつくまで焼く。
網の上で粗熱をとり、完全に冷ます。(チョコレートがけをしない場合は、この状態で缶などの密閉容器で保存する。)
<クランセケーエのチョコレートがけ>
チョコレートを刻み、3分の2量をボウルに入れ、湯煎にかける。
チョコレートが溶けて50°になったら、火を止めて、残りのチョコレートを加えて、そっと混ぜる。
もう一度、火にかけ、チョコレートが30°くらいになるまで弱火で温める。
焼き上がったクランセケーエの底を、溶かしたチョコレートで多い、オーブンペーパーにクランセケーエの底を下にして並べる。溶かしたチョコレートをオーブンペーパーに小さじ1くらいの量を置いていき、そこへクランセケーエをチョコレートに押しつけるように置いていく方法でもよい。(ご自分にとって易しい方法でお試しください。)
チョコレートが乾いたら、そっとオーブンペーパーから剥がし、保存容器に入れて保存する。
文・レシピ: くらもとさちこ
写真撮影: Jan Oster
<ご案内>
掲載写真はInstagram @sachikokuramoto.dkでもご紹介します。