デンマークの暮らしとヒュッゲ
グレネスミネでの四季折々
2021年2月
2月のデンマークには、太陽の光が少しずつ戻ってきます。朝の通勤や通学の時間にも、少しずつ明るさを感じるようになり、寒いけれど明るく澄んだ日が増えます。特別な支援を必要とする人々が意義ある暮らしを営める力を育むお手伝いをするソーシャルエコノミー企業*「グレネスミネ」のオーガニック畑では、ケールや黒キャベツが僅かに収穫できるだけですが、温室では、春の植え付けの準備が着々と進んでいます。
デンマークでは、二月中旬に「冬休み」と称される一週間のお休みがあります。家族揃っての休暇の話もよく聞きますが、おじいちゃんやおばあちゃんとの楽しい時間を過ごす子ども達もよく見かけます。グレネスミネでも、冬休み中にイベントが設けられ、ポニーに乗ったり、鶏やうさぎを見学したり、石を積んで作った竈で棒に刺したパン生地を焼いて食べたりなど、お楽しみが盛り沢山でした。
先月の記事でもご紹介しましたが、グレネスミネでは、特別な支援を必要とする人々が将来の仕事に結びつきやすい「手仕事」に特化した活動を展開しています。その活動は、①厨房、②ベーカリー、③園芸、④鍛冶・木工房、⑤グリーンサービス、⑥コペンハーゲン・ドームという6種類に分けられ、それぞれの活動から生まれた商品を一般消費者と法人に向けて販売するというソーシャルエコノミー活動を行なっています。今月は、その活動の中からベーカリーを取り上げてご案内します。
グレネスミネでの活動は、国連の「持続可能な開発目標」を取り入れていることもあり、オーガニックやサスティナブルの考え方が基本となっています。グレネスミネ・ベーカリーも政府から認証されているオーガニック・ベーカリーで、国産のオーガニック素材を使ったパンや焼き菓子を生産しています。
ベーカリーでの活動は、次の5つに分けることができます。
1. 7時から10時までの焼き立てパンの販売
2. グレネスミネ・カフェで販売するパンとお菓子の生産
3. 外部のカフェやレストランへの卸販売分の生産
4. グレネスミネ内外のイベントやパーティーで使うパンやお菓子の生産
5. スタッフのランチに使うパンの生産
このうち、4.と5.は、グレネスミネ・キッチンとの協働になります。
グレネスミネでのベーカリーでは、長時間発酵で小麦の旨みを最大限に引き出した高加水パン、家庭の常備食品として欠かせないライ麦パン、ヒュッゲな時間を楽しむときに欠かせないソフトな食感の丸パンや定番デニッシュ、焼き菓子、卸用の特製バーガーバンズなどを生産しています。デンマークの小規模なベーカリーは、商品数を少なくする一方、吟味された素材やこだわりの製造方法を使い、高品質な商品を提供する傾向にあります。
グレネスミネ・ベーカリーでは、この方法を先駆けて確立させ、オーガニック素材と丁寧な工程による焼き立てのパンで実績を築いています。また、焼き立てと同じくらい鮮度にもこだわっているので、翌日と翌々日に使うデニッシュ生地以外は冷凍しないというこだわりや、保存料などの添加物は、たとえオーガニック製でも決して加えない方針をとっています。
ベーカリーの朝はどこも早いと思いますが、グレネスミネでは5:30から13:00が勤務時間です。まず、朝7時からのパン販売に向けて、前の日から冷蔵発酵させていたパンを焼きます。その後、翌日に焼く高加水パンの生地を仕込み、数時間ほど常温で発酵させた後、冷蔵発酵させます。デニッシュ生地は工程が複雑なので、週に2回、スタッフが多い日にまとめて生地を仕込みます。バターの大きなブロックを薄くするところから手作業で行っていました。その次は、前の日に焼いて落ち着かせておいたデニッシュ生地を使った季節限定菓子の飾り付け。10時前にはカフェで販売するパンとお菓子がすべて揃います。
10時以降は、翌日と翌々日に使うデニッシュ生地などの成形やフィリングの仕込みに時間を配分します。取材日は、13時納品を予定している地元の人気ハンバーガー店へ卸す特製バーガーバンズの焼成が最後の仕事でした。12時前に清掃に入るまでノンストップだった仕事は、手早くスムーズなフローでしたが、ストレス感は全くなく、むしろ、穏やかにゆっくりとした時間に感じられました。冗談を言ったり、笑ったり、楽しい話をしたり、そんな時間がたっぷりあるのに、仕事はどんどん流れていくのです。そこに、特別な支援を必要とする人々が当然のように入って補佐していく様子は、とても自然な工程に感じられました。
ベーカリーでは、フルタイムで常勤しているパン職人のシヴィエッタさんとマジェさん、週に6時間ほど補佐で働いているロバートさんが、主要メンバーとしてパンとお菓子の生産に携わっています。そして、現在、16歳から25歳までの特別支援が必要な若者を対象にした教育制度STUを受けている青年や、社会参加を目的とした特別支援の対象者が2名ほど、ベーカリーでの生産を補佐しています。デンマークの教育制度では新学年が秋に始まるのですが、これに伴い、今年の秋からは、さらに3名が加わる予定だそうです。
特別支援が必要な人々には、その人ができること、したいことなどを配慮しながら、工房に通うのが楽しい、スタッフと一緒に働くことが楽しいと思えるような枠組みを作っていくそうです。その人にとって負担のない社会参加の形がどのようなものかを一緒に探すのですね。「ベーカリーとして毎日の生産性や生産量を上げることも大切だけれど、ここでは、特別支援が必要な若者が工房でどのように気持ちよく過ごせるかという部分がもっと大切なの」と、シヴィエッタさん。
補佐で入っていらっしゃるロバートさんは正規社員ですが、週に2回3時間ずつの「フレックス就労」という特別待遇の勤務形態です。「今の僕には、ここで仲間と一緒に仕事することや、その仕事の量がとっても心地いいんだ。だから、この仕事がとっても気に入っているんだ。」と素敵な笑顔で仰っていたのが印象的でした。
週に3回ほど1〜2時間ずつ働きに来ているナンナちゃんは、慣れた手つきで丸パンの成形をしていました。シヴィエッタさんがデニッシュ生地の折り込みを丁寧に教えていることを熱心に聞いて、その直後、遜色ない折り込み作業を行なったり、マジェさんと一緒に笑いながらパンの成形をしている姿は心に残りました。3年間、毎日勤務しているニコラス君は、グレネスミネ主催の遠足に参加していてベーカリーでの勤務はお休みでしたが、ベーカリーの仕事が性に合っていて、さまざまな生地の仕込みを全て任せることができるのだそうです。
ベーカリーでの勤務は屋内での仕事なので、自然に触れながら働きたい人には向きません。また、チームワークが必要となり、毎日の作業も流れが一定化しているわけでないので、協調性や融通性が求められます。研修の結果、ベーカリーの仕事に憧れたけれど、試してみたら、園芸の方が性に合っていたなどという結果もあるそうです。6種類のさまざまな活動を一つの組織内で試せることは、グレネスミネを利用するメリットと言えるでしょう。
見学時に同行してくださった実務責任者のアンドレアスさんは、「社会への参加は大切だけれど、自分が社会に貢献できているという自覚を育てることは、こらからの人生を生きていく上の糧になるので特に大切」と仰っていました。将来的には、フードトラックによる販売の定着を目指したいそう。
オーガニックとサスティナブル、そして、クオリティを追求したパンとお菓子が、グレネスミネ以外の場所でも手軽に購入でき、それぞれの家庭で楽しむことによって特別な支援を必要とする人々への支援に繋がっていくという形が定着することを願ってやみません。
写真撮影: Jan Oster
* 註: ソーシャルエコノミー企業の規定については、前回の記事をご覧ください。
<謝辞> この記事の執筆にあたり、グレネスミネ実務責任者・広報部・ベーカリー部スタッフのご了解とご協力を賜りました。ここに感謝の意を表します。
*この記事でご紹介している内容は、2019年1月取材時の情報です。
*この記事は、2021年2月に株式会社チャレンジドジャパンの公式サイトに掲載された内容を2025年2月に、一部、加筆修正しています。