デンマークの暮らしとヒュッゲ

2020年3月

3月は春待ち月です。デンマークの春は、私が生まれ育った広島と比べて1ヶ月遅れでやってくるように感じます。春を告げる球根花は2月あたりから咲き始めますが、3月に入ると春を耳で感じることができます。

春の近づきを音で感じるのは、今まで静かだった早朝に「くろうたどり」の美しい歌声が響く瞬間です。3月に入ると、日の出の時刻は午前6時過ぎになり、明るい朝を迎えますが、その少し前の蒼い刻に「くろうたどり」の美しい音色が聞こえてくるのです。歌い手は「くろうたどり」の雄で、漆黒の羽に包まれた姿に鮮やかな黄色の嘴が印象的な美しい鳥です。日本で鶯が鳴くと春が来たなと感じるのと似ているかもしれません。くろうたどりの歌声はとても澄んでよく響き、一回の「公演」は何分にも渡ります。また、朝方だけではなく、夕暮れにも美しい歌を聴かせてくれます。嬉しいことに、くろうたどりの歌は、春先だけではなく晩夏近くまでずっと楽しめるのです。デンマークで暮らす人々にとっては、くろうたどりの歌声は、春の訪れとともに、待ちわびていた明るい季節の象徴なのです。

春を真っ先に告げてくれた黄花節分草(キバナセツブンソウ)が咲き終わる頃、クロッカスが芝生のあちこちで顔を覗かせます。クロッカスは白、黄、紫の花が大半ですが、黄花節分草(キバナセツブンソウ)とスノードロップの黄色と白い花を楽しんだ後は、紫のクロッカスが新鮮に映ります。黄色と白の明るく愛らしい色合いと異なり、深い紫は優美な印象です。

クロッカスは、黄花節分草(キバナセツブンソウ)とスノードロップに比べると少し大きめの花なので、公園の芝生一面を埋めるように咲いている様子は圧巻です。この早春の美しい風景は、暗く湿った長い冬を過ごしてきた人々に本格的な春の到来を告げてくれます。最初に春の兆しを見つけた喜びとは違い、春が確実に近づいている確信を感じる喜びです。そして、この美しい風景を伴う散歩は、早春ヒュッゲの象徴で、この時期、クロッカスが一面に咲いている公園での散歩を楽しむ家族連れをよく見かけます。

冷たく固い土に覆われている畑からルバーブが芽を出すのも3月。ルバーブは春一番に収穫できる食材で、蕗のような茎の部分を使います。野菜の一種ですが、使い方はくだものに類します。酸味が強いので砂糖と一緒に加熱してコンポートに仕立て、スイーツに展開することが多い食材です。畑で育てたルバーブは、食用部分の茎がある程度の太さになる4月中旬まで収穫を待たないといけないのですが、ルバーブの芽が畑から覗くと、それは嬉しい気持ちになります。そして、あと数週間でルバーブを使った料理やスイーツが作れることを待ち望むのです。春を待ち焦がれる気持ちや春を迎える喜びがルバーブに投影されるのですね。日本で蕗の薹や土筆などの春の野草を楽しむ感覚や筍を楽しむ感覚と似ているかもしれません。

いろいろなところで春の兆しを感じますが、春との距離を急に身近に感じるのは、ミラベルの花があちこちで咲き始める3月中旬あたりではないかと思います。ミラベルは梅の一種なので、花が咲いているところには、よい香りが漂います。晴れて青空に恵まれる日には、その香りが一層強くなり、その香りに包まれた散歩は3月の素敵なヒュッゲの形です。春の到来を目で感じて、耳で感じた後、いよいよ香りや味で春が楽しめるのはとても幸せなことだと思います。

盛夏に熟れるミラベルの実は、加熱すると洗練された味になり、ルバーブと同じようにコンポートを作りスイーツに展開します。とてもおいしい実ですが、一般のお店で見かけません。デンマークの人は、どこでミラベルの花がたくさん咲いているか、花の咲く時期にしっかり確認しておく人が多いようです。夫も確認を怠らない一人で、盛夏を迎え、そろそろミラベルの実がなっているかなという話になると、今年はあそこの木にたくさん花が咲いていたから、今頃はたくさん実がなっていると思うよ、という答えが返ってくるのです。そして、その観察はいつも正確で、毎年いろいろなところから、ミラベルをどっさり収穫してきてくれます。ミラベルの花の咲き加減の確認は、季節の移り変わりを楽しむデンマーク流ヒュッゲの一つのようです。私は30年近くこの国に暮らしているにもかかわらず、この境地には至っておらず、春のミラベルの花の香りと盛夏のミラベルのおいしさを楽しむことに専念しています。

春はさまざまなかたちでやってきていますが、雲に覆われたどんよりした日が続くのも3月です。気温が低く湿った日には、ホットチョコレートでほっこりしながら、親しい人とヒュッゲのひとときを楽しみたい気持ちになります。大好きなカフェで、温かい飲みものを片手に読みたかった本のページをめくりながら過ごすヒュッゲも素敵ですね。

執筆: くらもとさちこ
Photo: © Jan Oster

*この記事は、2020年3月に株式会社チャレンジドジャパンの公式サイトに掲載された内容を2025年3月に、一部、加筆修正しています。