デンマークの暮らしとヒュッゲ

2020年1月

デンマークは、国連の諮問機関が毎年発行している「世界幸福度報告書」で発表される世界幸福度ランキ ングのトップ 3 常連国という背景から「世界一幸せな国」としてそのあり方が注目されています。ジェ ンダー平等やライフワークバランスなどと並んで注目されているのが、デンマーク人が頻繁に使う概念 「ヒュッゲ」です。

「ヒュッゲ」は、心地よい、心が和むひとときに感じる気持ちを表現する言葉だと言われています。世界的なベストセラーとなっ たマイク・ヴァイキング著『ヒュッゲ 365 日「シンプルな幸せ」のつくり方』には、山小屋で友人と過 ごしている静かなひとときは「ヒュッゲ」だけど、外で嵐が吹き荒れているとさらに「ヒュッゲ」だとい う、なかなか奥の深い例が紹介されています。

デンマークの美しい夏に 4 週間ほどデンマーク人の家庭に滞在する機会に恵まれたのは1987年でした。その時の暮らしがきっかけで、デンマークの「ヒュッゲ」や食文化に興味を抱くようになりました。もう少し知りたいという気持ちが重なり、デンマークで暮らすようになって 25 年以上の歳月が流れました。その間、日々 の暮らしの中で、いろいろな「ヒュッゲ」を経験しました。この連載では、私が理解している「ヒュッゲ」 とはどんなものなのか、どこでどのようにして手に入れるのか、コペンハーゲンでの暮らしを介した情景とともにお伝えします。

1月、デンマークは一年のクライマックスとも言えるクリスマスと年越しの賑わいが通り過ぎた後、静かな日々を迎えます。「静かな」というのは、日常が戻ってきたという意味です。子どもが待ちに待った夏休みを満喫した後、 2学期を迎えて、学校に戻ることが嬉しかったりする、そんな感じでしょうか。

ハレの日の敬虔さや華やかさを満喫すると、ハレの日が幕を閉じることに寂しさを覚えると同時に、いつもの生活に 戻ることに喜びや安心感を感じるものなのでしょう。

12 月下旬に冬至を迎え、1月に入ると日が少しずつ⻑くなっていきます。学校や仕事に出かける時間は 真っ暗だったのが、だんだん明るさが戻ってくるのです。「わぁ、この時間がこんなに明るい!嬉しい!」 と思った瞬間、心がヒュッゲで満たされます。心の中のろうそくに火が灯った感じでしょうか。この時期、夜明け前の蒼い刻を楽しむために、日の出の時刻より早めに家を出て、自転車でわざわざ遠回りをして、息を呑むように美しい蒼い刻を楽しみながら職場に向かう話も耳にします。そして、それがどんな にヒュッゲだったか、職場に到着した後、仕事を始める前にコーヒーや紅茶を飲みながら同僚と話すひ とときもヒュッゲですね。

12 月中、クリスマスを迎える準備で高揚し、クリスマスには家族や親族と存分にクリスマスを祝い、友人と楽しく年越しを過ご した後、いつもの自分の仕事に戻って、いつもの暮らしを再開すること、それはヒュッゲそのものだと感じる人は少なくありません。社会における自分の位置や役割を確認する一種の安らぎなのかもしれません。

1 月は少しずつ日が⻑くなりますが、温かくなるのはまだまだ先です。零下になると空はすっきりと高く なり、空気は冷たいけれど湿気を感じないので、思ったほど寒く感じません。零下になる前の気温だと、 雲が重く垂れ込め、湿気が高いため、零下の気候より寒さを厳しく感じます。そんな中、散歩やジョギングの時間を持って気持ちや身体をすっきりさせたい人は多いようです。

しっかり着込んで散歩に出かけると、葉が落ちた木々の美しいシルエットや、湖にい る渡り鳥や白鳥の優雅な姿を眺めることができます。そんな風景を楽しみながら静かに散歩するひとときもヒュッゲです。完全防備をしていて寒さが身体の芯まで届いていないので、散歩の時に冷たい風が頬にあたっても気持ちよいと思うのかもしれませんね。急いで仕事に向かっている時に冷たい風が頬にあたっている時にはヒュッゲとは感じません。ヒュッゲだと感じるためには、気持ちと時間の余裕が必要なのではないかと思います。

ヒュッゲは一人でも感じることができますし、複数の人と共有することもできます。日頃はお互いに忙しいので、ついついご無沙汰を続けていても、定期的に出会って、近況報告やこれからのこと、居心地のよいカフェで食事やお茶をはさんで話すひとときもヒュッゲです。お互いにエネルギーを充電して、今度会う時まで頑張ろうという気持ちになれます。ヒュッゲのひとときは、気持ちが前向きになるひとときであり、心の充電時間に相当するのかもしれません。

Photo: © Jan Oster